Entries
6月16日(月)「父の日の お墓参り」

「墓園から望む神戸の町並み」
昨日は「父の日」ということも
ありまして父の お墓参りに行ってきました。
近年「お墓参り」は故人のために するのでは
なく自分のためにしているように感じます。
常に今あることに感謝の気持ちを持つことを忘れない
ように自分を戒めるために行っているように思います。
昨日も そう自分に言い聞かせ墓前に手を合わせました。
話は変わりまして東北地方で大きな地震がありました。
不幸にも命を落とされた方に心より ご冥福を祈ります。
私も少なからず大震災を経験したものとして
身近に この度の大震災を経験した人に お聞き
頂ければと思い記事を書いてみたいと思います。
決して偉そうに語るほどの者ではございませんが、
愚人の戯言(たわごと)と お聞き頂ければ幸いです。
私はあの忌わしい「阪神淡路大震災」で家屋
兼店舗が全壊し生き埋めになった友人を助け
に行くも敢えなく目の前で死をみとりました。
これは私の苦労話をするわけでは ございません。
その時の私の精神状態は ただただ
「私たちだけが こんな被害を受けなければならないのか。」
と思いました。不公平では ないか!と うらやみました。
隣県の大阪に行った時あまりにも意識の違いに愕然とした。
今現在 震災の被害に遭っている方も少なからず
そういう意識を持たれているかもしれない。
人間は思うほど弱くもないが強くもないことも然りである。
だから お見舞いに来て下さる人が
いても素直に喜べないときもありました。
人生が不公平だということを認められないから
こそ素直に気持ちを受け入れることが出来ない。
人生が不公平だという事実を認められないと今度は
つい他人を うらやんだり自分を哀れんだりしてしまう。
のちに経験をしたことなんですが、結局は「人生は不公平」
だという事実を受け入れ困難を乗り越えるしかないと気付く。
だから近親者に被害を受けた方には気の毒
がったり憐憫(れんびん)を持ってはいけない。
すでに気が滅入っている相手の気分を
さらに落ち込ませるだけだと私は思う。
逆に「人生は不公平」だと今ある事実を認める
ことで同情をすることができる。同情は哀れみ
と違って心からの優しさを与えることができる。
酷な話ではあるが今の事実を受け止め
苦難を乗り越えることしか解決の道はない。
大震災の被害に遭われた方は本当に今つらいと思います。
だからこそ今を強く生きましょう。
他人行儀で申し訳ございませんが、
今 私から伝えることができることは それぐらいです。
気分を害された方が おられましたら すいません。
困難は乗り越えるためにあるものと思います。
だから
今こそ強く生きる
「私は ここにいます。」
0件のコメント
コメントの投稿
0件のトラックバック
- トラックバックURL
- http://harasaketen.blog56.fc2.com/tb.php/888-8254dccd
- この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

